新人ホストとして、「ホストクラブZ」で働きはじめたころは、恐怖の連続で、思い出すことといえば「怖かった話」ばかりだったが、今回はその一部を書いてみる。
そもそも、ホスト業界に入る前から、「身長190㌢超えの強面代表の龍二さん」に出会った所から私の恐怖体験は始まっていたのだが…
2年先輩の亮太さん
私より2年ほど業界に早く入った先輩「亮太さん」の話だ。
亮太さんは私より3歳上での先輩だった。
少し話を盛って後輩の私に話す所が苦手だったが、普段は面倒見のいい優しい先輩だった。
それもそのはず。
私が入店した頃、亮太さんも成績が悪く、私が最下層の下っ端で、その上が亮太さんだった。
つまり亮太さんにとっては私が唯一の部下だったのだ。
彼からはこれと言って厳しく怒られた記憶もないし、とにかく優しく接してくれるお兄ちゃんのような存在だった。
佐倉さん(店長)の家に部屋住み
当時、亮太さんは店長の佐倉さんの家に部屋住みしていた。
成績不振が続いていた彼を佐倉さんが見かねて、自宅に住まわせ面倒を見ていたのだ。
一見、身の回りの事をすべてやらされるような”パシリ”のようなイメージかもしれないが、そうではない。
これは完全に佐倉さんの従業員に対する愛だ。
自分の生活を通して、何かを学んでほしいという佐倉さんの教育方針であった。
事件発生
そんな亮太さんがある日、事件を起こす。
いつものように私は営業・ミーティングも終わり、キッチンで洗い物をしていた。
酔っぱらいながらもグラスを割ったら、先輩たちに怒られるので慎重に慎重に…
なんて思いながら後片付けをする中、いきなりホールの方から
「ガッチャーン!!!!ガンッ!!ガン!!ガン!!」
激しい音が店内を駆け巡る。
慌ててホールの方に行くと、床にはバリバリに割れた灰皿や瓶ビールの破片と顔中血だらけで倒れ込む亮太さん…
そして亮太さんの前には、当時主任でナンバー2だった轟さんが割れたビール瓶を持って立っていた。
ああ、これは暴○というやつかもしれない。
普通、ビール瓶で他人を殴るなんてことできないはずだが、この人達は違う。
ナンバー2だった轟さん。
普段から怖いイメージではあったが、ここまでだったとは…
倒れこみ、泣き叫ぶ亮太さんだったが、轟さんの怒りはまだ収まらず、殴り続ける…
ソファーに座り、表情一つ変えず静観する店長の佐倉さん。
この状況を静観していられる佐倉さんもまた、何かが飛んでいるのかもしれないと思った。
佐倉さん助けて
いつも世話になってる亮太さんだから、止めてあげたいが、ここで自分が割って入ったら自分まで殴られるかもしれない。
それに、私の行動がきっかけになってヒートアップしてしまうかもしれないという恐怖感が、私の行動を抑制した。
居ても立っても居られない私は慌てて、佐倉さんに助けを求めた。
「店長!!!このままじゃ亮太さん死んじゃいますよっ!」
「早く止めてください!」
僕じゃ怖くて、轟さん止めれないです!!お願いします。
涙の謝罪
私の言葉は聞こえていたはずだが、店長は亮太さんが殴られる姿を無言で見つめていた。
成り行きをしばらく眺めた後、こう言った。
「轟!もうその辺にしとけ!」
その指摘を受け、殴ることを辞めた轟さんが口を開いた。
「おい、亮太ー!!てめぇー店長になんかいうことねぇのか!?コラァ!!」
すると亮太さんが床を這いつくばって店長の所に来て、泣きながら店長に土下座した。
「店長…ほんとに普段良くしてもらってるのにこんな風になってすみません…一生かけてでも償います。許してください…。」
すると店長は
「もういいわ。怒る気失せた。とっとと顔洗ってこいよ。帰るぞ。」
この返答で更に泣き叫ぶ亮太さん。
結局私はその日何が原因でこうなったのか聞ける状況ではなく、わからずじまいで終わったのだが、この日の出来事は衝撃過ぎて、10年以上経った今でもその光景を鮮明に覚えている。
事件発生の理由
数日後、私は店長の佐倉さんにご飯につれてもらう機会があった。
そこでなぜ今回の事件が発生したのか知ることになる。
内容はこうだ。
実は亮太さん手癖が悪く、店長の家に部屋住みさせて貰っているにもかかわらず、店長の100万以上するブランドの時計を盗んで売ったり、現金を盗んだり、しまいには店長のベンツの鍵を勝手に持ち出して、乗り回したり…
それを店長が主任に相談した所、主任がキレて、亮太さんをボコボコにしてしまったという流れである。
私はふと疑問に思ったので店長に聞いてみた。
佐倉さんは怒らなかったんですか?
佐倉さんが頑張って稼いだものじゃないですか!?
一番ムカついてるの轟さんじゃなくて佐倉さんじゃないんですか??
佐倉さんの言葉
すると佐倉さんはこう答えた。
ホストって学歴不問で限りなく採用基準が低いだろ。そして常に人手不足。
だから正直言って、だれでもなれるんだよ。
つまりその「採用基準が低さ」によってモラルやマナーのない人間がいっぱい入ってくる。
だから今回みたいな事もよくあるんだよな。
確かに俺だって楽して稼いだわけじゃないから全く腹が立たないっていったら嘘になる。
でも、採用したのは俺だし、教育しきれなかった自分も悪い部分があるからな。
亮太を家に住ませて、こうする事を防げなかった俺にも責任があるんだよ
それに無くなったもんはまた頑張って稼げば取り返せるからな。
なにより今回の事反省して、亮太には早く売れてほしいけどな。
まだまだ未熟な新人ホストであった自分には、思いも寄らない考え方だった。
この人のようになれなくても、少しでも近づきたいと思った。
佐倉さんの器の大きさ感じた事件であった。